mnavi Interview

Vol.02 及川浩治「音楽」は自分自身であり、音楽なしの生活はありえません。ピアノで表現することは、「ありのままの自分を、そのままさらけ出す」ことです。

ベートーヴェンの作品を取り上げたアルバムをリリースしたばかりの鬼才ピアニスト、及川浩治。彼がこれまで発表してきた作品は、作曲家のイメージや楽曲に対して、緻密な解釈に基づいた演奏が一番の魅力だった。新作はそれにも増して熱さが感じられる。その理由は、ベートーヴェンが彼の最も敬愛する作曲家ということもあるが、ベートーヴェンの難曲を大胆に、そして情熱的に表現した作品になっているからだ。今回のインタビューでは、そんな彼にとっての音楽感や演奏表現について、さらに、ピアノレッスンのアイディア、そしてローランドピアノ・デジタルRG-7-Rの印象や活用法などを大いに語ってもらった。

ピアノは自分にとってなくてはならない存在です

─ 最初にお聞きしたいのですが、及川さんにとってピアノとはどんな存在ですか?

及川浩治(以下、O):ひと言で言うと「自分自身」ですね。ピアノを弾くことは、自分の考えや自分の持っている良いところ、悪いところを全部さらけ出しているようなものです。まあ、言ってみれば「素っ裸状態」という感じでしょうか(笑)。裸になるっていうことは全部を人前でさらけ出してしまうことですから、羞恥心があったらとても人前では弾けないですよね。ただ、たんに裸になっているのではなくて、演奏する楽曲の作品1つ1つに対しての想いを裸にするということなんです。悲しければ悲しく、楽しければ楽しくといった喜怒哀楽の表現を自分の感じるまま、そのままさらけ出すということです。そういった表現の手段としてピアノは自分にとってはなくてはならない存在なので、もしこの世からなくなってしまったとしたら、もう耐えられないですね。

─ 及川さんが好きな作曲家にはどのような方がいらっしゃいますか?

O:好きな作曲家や演奏家はたくさんいますが、その中でも僕が一番尊敬しているのはベートーヴェンですね。普段よく聴く音楽もベートーヴェンのシンフォニー(交響楽)やカルテットものが多いんです。聴くという点では、ピアノソナタのような作品よりはモーツァルトのシンフォニーなども含めて、オーケストラものが好きですね。あとは皆さんもそうだと思いますが、その時々で興味が湧く作曲家がいたら、その作曲家を集中して聴くこともあります。例えばショパンやリスト、ラヴェル、ラフマニノフなどですね。だけど、自分の根底にあるのはベートーヴェンとモーツァルトのシンフォニーで、コンサート前に自分を高揚させるときにもよく聴いています。

─ 普段の練習方法についてお聞きしたいのですが、どのようなことをされていますか?

O:僕は最初に綿密な練習メニューを作るところから始めています。スポーツ選手がトレーニングのメニューを作るのと同じ感覚だと思うのですが、曲を演奏するうえでの必要な動きやテクニックなどを工程化し、効率良く曲を仕上げていくためには重要な作業なんです。例えば、曲中のある部分でつまずいたら、その原因を考え、克服するためにはどんな練習をすればいいのかを考えるのです。そのうえで曲の流れをつかむために、まず細かいフレーズなどは抜きにして、その曲自体の和声進行を覚えるようにしています。

その他では、ワルツの曲の左手でよく出てくる「ズン・チャッ・チャッ」っていうフレーズの「ズン」の部分、つまり1拍目のベースラインの動きだけをレガートで弾きながらメロディやパッセージを合わせて弾いてみたり、両手をバランス良く、タイミングもしっかり合わせるようにするために、「ズン」の部分を左手、「チャッ・チャッ」の部分を右手で弾いてみたりもしますね。これと同じ演奏を左手だけで弾けるようになればいいわけですから。また、右手に関しても弾きにくい運指のところを練習する時には、その場所に出てくる音をいろいろな動きで弾いて指の独立性を高めるようにしています。

─ なるほど。そのメニューであれば効果的に練習できるでしょうね。

O:僕は普段、指導の仕事をほとんどしていないのですが、たまにレッスンをする時には指導するときのポイントとしてそういったアドバイスをしています。エチュードで運指を集中的に練習しても、曲の運指に必ずしも適したものでないことがあります。ピアノの場合、調によって白鍵、黒鍵の並びが変わることで鍵盤上の凹凸加減が変わってしまいますから、その曲に出てくるフレーズで指の独立性やポジショニングを考えて、その曲に合った動きを考えた方がいいのです。ちょっと話はそれるかもしれませんが、全部同じ指遣いで全部の調が弾けるようにする、っていうような練習もよくやっていますね。

─ 市販されている楽譜によく出ている指番号(運指のための目安となる番号)についてはどう思われますか?

及川浩治氏

O:基本的にそのままでも問題なく弾けるようであれば、そのまま使いますね。例えば子どもたちは「早く曲が弾きたい」という気持ちが強いですから、指遣いは忘れがちなので指導するうえでも難しいところなんですが、指遣いは大切ですから、その大切さを伝える意味でも、あえて曲の途中や小節の途中から弾かせてみたりします。運指を覚えていないと弾けなくなってしまうんですよね。そこで初めて指遣いを意識し始めるんです。指遣いは初級者であればあるほど、全部自分で書いてみるべきだと思っています。それを先生が見て問題があるようであれば、違う指遣いを何通りかアドバイスするといいのではないでしょうか。

─ 指遣い以外にレッスンではどのような点を指導されているんですか?

O:僕は年齢による差やプロ志向であるか否かには関係なく、“音楽を理解させる”ということを常に考えて指導しています。そのために1回のレッスン時間は最低でも2時間はかかってしまいますね。

─ 2時間というのはレッスン・ボリュームとしては多いように思いますが?

O:それは僕のレッスン形態に理由があるんですが、「ここをやっておいて」というような宿題を課さないで、レッスンに来たその場所で「弾けるようにする」という方法で指導しているからなんです。曲を仕上げるという意味では1回30分のレッスンで4、5回やっても仕上がらないこともあるので、集中して時間をかけることが大事だと思うんですね。ですから、1日に行えるレッスンは2人が限界です(笑)。ただ、子どもの場合には集中力が大人とは違うので、その点は注意したいところです。子どもの練習曲は比較的短いものが多いですし、全体のハーモニーも掴みやすい曲が多いので、和声感、リズム感、表現力、テクニック、手のポジショニング、そして脱力法などを同時に、そしてすべてを意識するクセを付けるように指導しています。

それと教える時に重要なのは「2度同じ間違いをしない」ように教えていくことだと思いますね。例えば、同じ作曲家でも違う楽曲を新しく始める時は、もし以前にレッスンしたポイントが活かされていないようであれば、その点を強く指導することが必要です。アーティストとしてはどんな楽曲でも自分で表現できるようにならないといけませんので、自分で考えて表現可能なものにしていくことが分かってこないようではダメだと思いますから。