mnavi Interview

Vol.12:松本 茜 今与えられている環境の中でもっと経験を積んで、今やっているプレイのレベルを上げたい

2008年5月、弱冠20歳で日本のジャズ・シーンの中堅どころを起用した自身のトリオでアルバム・デビューを果たした松本茜。彼女は、まだ現役の女子大生という正真正銘の新世代ジャズ・アーティストだが、小学生の時にジャズに出会ったきっかけがジャズ・クラリネットの大御所である北村英治のコンサートで、しかも大好きなピアニストはデビュー・アルバムのタイトルにも登場するフィニアス・ニューボーン・ジュニアをはじめ、エロール・ガーナーやアート・テイタムなど、1940~60年代に活躍したアーティストが大半を占めるという渋好みだ。今回は新製品、ローランドピアノ・デジタルRG-1を試奏していただいた感想を織り交ぜながら、一見ミスマッチなように思えるユニークなジャズ感覚を彼女が身に付けた経緯を追ってみた。

フィニアスに惹かれたきっかけは、
『ア・ワールド・オブ・ピアノ』

─ デビュー・アルバム『フィニアスに恋して』は、とにかく溌剌とした演奏が印象的でした。フィニアスというのはもちろん、1950年代後半から60年代にかけて活躍したアメリカのジャズ・ピアニスト、フィニアス・ニューボーン・ジュニアのことですが、今回20歳でアルバム・デビューを果たしたあなたがこのピアニストに惹かれたのはなぜですか。

松本 茜(以下、M):ジャズを始めた時に、あるピアニストの方から薦められていろいろなCDを聴いた中で一番気に入ったのが、フィニアスの『ア・ワールド・オブ・ピアノ』だったんです。

─ フィニアスのどんなところが気に入ったんですか。

M:最初に気に入ったのは勢いのあるところでしたが、バラッドも聴かせるし、超絶技巧的な部分もあるし、ジャズでは会話が重視されますが、フィニアスが「ここは自分の空間だ!」みたいな感じで弾き倒してるところも気に入りました。

─ 勢いがあるというのは、松本さんの演奏の第一印象でもありましたが(笑)、レコーディングはもちろん、初めてですよね。

M:スタジオに入るのも初めてでしたが、メンバーの方に励ましていただきましたし、もともとデモを作ろうということだったので、緊張はしませんでした。演奏が予想よりも良かったということで、CD化していただいたんです。

─ ピアノは4歳の頃から音楽教室で習い始めたそうですが、ご両親の薦めがあったんですか。

M:とりあえず何かさせようとは思っていたみたいで、母親が音楽好きなので、ピアノでも習わせようかと。でも、私は嫌で嫌で……(笑)。

─ (笑)

M:音楽教室も小学校の途中までしか続きませんでした。でも、2年生の時に音楽教室の先生から教えていただいた、北村英治さん(ジャズ・クラリネット奏者)のコンサートを観に行ったのをきっかけに、ひとりでジャズの真似事を始めたんです。

─ ジャズのどんなところが面白いと思いましたか。

M:クラシックのコンサートとは違って、聴くほうも演奏するほうも楽しそうだなと思ったんです。それに、私は譜面に忠実に弾くのが苦手でしたし(笑)。

─ (笑)それで、独学でジャズをやりながら、作曲も始めたわけですか。この時はもちろん、音楽理論などは知らなかったんですよね。

M:ええ。だからコードもメチャクチャでした(笑)。その後、コンサートを観て2年後ぐらいに、北村さんがクリニックで米子にいらした時に紹介していただいたジャズ・ピアニストの方から、ピアニストのCDをいくつか教えていただいて、とにかくコピーをしなさいと言われたんです。

─ いきなりコピーしろと言われても戸惑いますよね。

M:最初は大変でした。今でもそうですけど。でも、同じ部分を何度も繰り返し聴いて少しずつコピーしました。

─ 途中でくじけませんでしたか。

M:音を取るのはそんなに嫌いじゃなかったので、苦にはなりませんでした。その頃、私はまだ米子に住んでいて、そのピアニストの方は東京に住んでいらしたので、たまに電話とかで譜面台のところに電話を置いて、コピーした曲を演奏してアドバイスをいただいたり、米子にいらした時にレッスンを受けたりしました。

─ いつ頃までそれを続けたんですか。

M:高校に入るまで続けて、その後は近所の大学のジャズ研に通うようになったんです。それまでは他の人と一緒に演奏したことがなかったので。

─ 中学3年の時に倉吉天女音楽祭に出場したというのは、自分で応募されたんですか。

M:たしか、新聞の告知を見て応募したと思います。

─ その時には何を弾いたんですか。

M:フィニアスが参加したアルバム『ウィー・スリー』の「ソリテア」という曲をコピーして、アドリブのところだけを変えてソロで弾きました。

─ やはりフィニアスですか(笑)。それで見事グランプリに輝いたわけですね。高校1年生の時にバークリー音楽大学の奨学金オーディションを受けたのは、腕試しが目的だったんですか。

M:はい。有名なミュージシャンにバークリー出身者が多いことを知って、自分がどの程度のレベルなのか知りたかったんです。

─ 同じ年の浅草ジャズコンテストに出場したのも、やはり腕試しですか。

M:そうですね。

─ このコンテストのソロ・プレイヤー部門で優勝したのをきっかけに、東京でもライブ活動を始めて現在に至るわけですね。今は日本大学の芸術学部に在籍ということですが、ここでは音楽も勉強する機会はあるんですか。

M:まだありませんが、来年から音楽学科のインプロビゼーションの授業が取れるんです。

─ あれっ、松本さんは音楽学科じゃないんですか。

M:放送学科なんです。どうして音楽学科じゃないのかってよく聞かれるんですけれど(笑)。