稚拙な音でもいいから、イメージに近い音を自分で
作った方がいいと思って、ホーム・レコーディングを始めた

─ 松任谷さんが、ホーム・レコーディングによってご自身でプリプロダクションやデモ・トラック制作を行うようになったきっかけを教えてください。
松任谷(以下、M):かつて、プリプロダクションにプログラマーやオペレーターがいた時代って、彼らがスタジオで音を作っていくわけじゃないですか。そうすると、僕らも音作りの途中を自然と聴いてしまうわけです。mnavi Worksでも話したけど、"音"と言うのは、ミュージシャンにとって絵を描く筆なり絵具なりであるわけだから、例えそれが最終的な音でなくても、「この音なら、こういう風に弾きたい」とか考え始めてしまって、訳が分からなくなっちゃうんですよ。それがイラつくんですね(笑)。だったら、もっと稚拙な音でもいいから、イメージに一番近い音を自分で作った方が絶対にいいと思ったんです。人が音を作るのを待っていて、そこで気を遣ったり、カッカしてしまうのは嫌ですから(笑)。とにかく、プリセットされた音色でもいいから、自分で最初のデッサンを描きたいって思ったことが、自分でプリプロダクションを始めた最大の理由ですね。
─ しかも今回は、キーボードや打ち込みだけでなく、ギターやベースも、松任谷さんご自身が演奏してプリプロダクションを行ったそうですね。
M:そうです。全部を自分でやるメリットとしては、イメージ通りの音に持ち込むことができること。反対にデメリットは、ギターやベースは専門職ではないので、技術が及ばなくて歯がゆい思いをすることですね。それでも、デモ・トラックの完成度はできるだけ高くするようにしています。レコーディング時に生演奏に差し替える場合でも、できるだけ生に近い音源を使って、差し替えても違和感がないように作り込むんです。そういう意味では、プリプロダクションの段階で、完成形の7割くらいはキッチリと作っていると思います。
─ そういった一連の作業の中で、最初のデッサンの作業と、プリプロダクションの作業、完成形を目指す作業というのは、区別して考えているのですか? それとも、流れの中で変化していく感じですか?
M:いやぁ、そこは難しいな。だから、あえて半分までは自宅で作って、半分はスタジオでフィニッシングする、っていう考え方もありますよね。レコーディングには、意外性に頼らずに自分が最初に抱いたイメージを最後まで突き詰める楽しみもありますが、アドリブの面白さっていうのもあるんですよ。かつてアレンジャーは、頭の中で「こういう音を鳴らしたい」というものを、全部譜面にしてスタジオに持って行ったわけです。それがだんだんレコーディングのスタイルが変わってきて、アレンジャーは「こんな感じのもの」っていうコード譜だけを用意して、あとはミュージシャンとスタジオでワイワイやりながら、ヘッド・アレンジで作っていくという時代もあって、僕はその両方の面白さを知っているんです。1人ですべてを完成させる満足感も大きいけれど、でも1人で作っている限りは、ドラスティックに音楽が変わるハプニングが起こる確率は、ほとんどゼロなわけです。ところが、そこに第三者が入ってくることでハプニングが生まれる。そういうドラマ性を含めて、その作品が持っている可能性を最後まで探っていく楽しみも、できるだけ僕は取り入れたいと思っているんです。
─ 1人でプリプロダクションや制作を行う際に、ハプニングが起こる工夫というか、作品が自分の世界観が限定され過ぎないによう、何か意識している点や注意していることはあるのでしょうか?
M:いや、それは僕には分からないです。車の運転を覚えちゃった人が「クランクの正しい曲がり方は?」って言われても、それは分からないじゃないですか。どこでハンドル切るんだっけ? って。もう日常的に感覚でハンドルを切ってるわけですから。だから何を注意したらいいのか、僕も分からないんです。ただ、サウンド・クオリティに関する判断は、経験が重要な要素になります。自分の作品と他の人の作品を比べて、他人のクオリティの方が高く聴こえた場合に「何が違うんだろう」っていう興味が湧かないと、なかなかそのレベルにはたどり着けないと思いますね。
─ その人の意識の問題でもあるわけですね。
M:僕自身、20代、30代、もちろん今でもそうなんですけど、自分では「こういう音にしたつもり」になって、作品を完成させるわけじゃないですか。でも、過去の作品を今、例えば偶然にラジオで聴いたりすると「全然違う」と感じることがあるわけです。「こういう音にしたつもりじゃなかったのに」と思うことは、よくあるんです。
─ 松任谷さんであっても、そういうことがあるんですか?
M:正直な気持ちなんですが、自分よりも、絶対に他の人の作品の方がよく聴こえるんです。これはもう、永遠のコンプレックスなんでしょうけどね。だからこそ、どうやって録ってるんだろう、どんな音色を使ってるんだろうっていうことに、すごく興味が湧きます。最近だと、ダイアナ・クラールの録音(アルバム『クワイエット・ナイツ』)は、オーソドックスな音作りなのに「やられた」と思いました。今はやっぱり、古いテクノロジー、――トラディショナルなエンジニアリングって言った方がいいかな――、それが面白いですね。現代のハードディスク・レコーディングにトラディショナルなテクニックを取り入れることで生まれる微妙なオーガニック具合。これが今の僕には、妙に新鮮に感じるんです。ドラムン・ベースが出てきた頃の、あの新鮮さに通じる感覚を持っています。





