20代の人たちが生み出す
"移り変わっていく音楽"が好きなんです
─ 田中さんは、どのように音楽のキャリアをスタートさせたのですか?
T:僕は今、53歳ですが、28歳まではプレイヤーとして活動してました。20歳の頃に北海道から東京に出て、音楽の学校に行ってたんです。そこで勉強した後に、スタジオ・ミュージシャンやアレンジャーの仕事を目指していたんですが、28歳の時にプレイヤーとしての自信がなくなって。精神的に弱くて、ライブでもスタジオでも、いざ本番になると緊張して駄目なんです。それで「人前に出るのは、自分には向いてないな」って思って札幌に戻ったんです。でも、そう決断してからは「裏方の仕事をやりたい」って、かえって強く思うようになって。もともと、アレンジや曲作りをしたいという気持ちを強く持ってましたから、札幌で楽器のインストラクターやアレンジの仕事をしていました。それがあるきっかけで、札幌にいながら東京のアーティストのアレンジャーをする機会に恵まれて。ただ、実際はアイドルやソロ・アーティストの曲のアレンジ仕事が多くて、そのうちやっぱりバンドの仕事がしたいなと思って、だんだんと北海道のバンドをプロデュースするようになっていったんです。
─ それでカメレオン・レーベルを立ち上げたのですか?
T:これもきっかけは色々とあるんですけど、音楽仲間の上田健司(北海道出身のプロデューサー/ex.the pillows)くんと「一緒に何かやろうよ」という話になって、北海道のバンドを集めてイベントをやったことがあるんです。その時に出演していたバンドのCDを共同プロデュースで発売するにあたって、カメレオン・レーベルを立ち上げたんです。それが10年くらい前の話ですね。僕は、20代くらいの人たちが生み出している"移り変わっていく音楽"が好きなんです。だから、同年代の仲間と音楽をやろうという気持ちはほとんどなくて、常に若い世代と音楽を作ることを楽しく感じますし、勉強にもなっています。
─ カメレオン・レーベルの近況としては、どのような活動をされているのですか?
T:現在は、「sleepy.ab(スリーピー)」の新作の制作がメインです(注:sleepy.abのインタビューは、次号に掲載予定です)。それと同時に、「Addiction(アディクション)」というバンドのレコーディングも行っています。あと、「Chima(チマ)」っていう大阪出身の可愛い女の子がいまして、この子は下川がプロデュースしています。レーベル所属アーティストは、この3組なんですが、他にもsleepy.abとの対バンで知り合った東京在住の「SiMoN(サイモン)」という個人アーティストの作品を、(山内)憲介(Gt/Sleepy.ab)と3人で作っています。最近では、「c cedille(セセディーユ)」という、これも東京に住んでいるアメリカ人の女の子とカナダ人の男の子のユニットと、北海道でレコーディングしようという話が進んでいます。2人とも日本が好きで、2年ほど前から日本に移り住んでいるんですよ。日本語もペラペラで。

▲写真2:同じフロアに設置された、カメレオン・レーベルのプロデューサー/アレンジャー下川佳代さんのプライベート・スタジオ。田中氏同様、オフィス・キュー音楽作品の制作に欠かせないクリエーターの1人だ。
─ c cedilleは、どのような経緯でプロデュースをすることになったのですか?
T:ある日突然、「sleepy.abのライブを見て、こういう音で音楽をやりたいと思った」といった内容のメールが彼女から送られてきたんです。彼女はエミリーっていう名前なんですが、モデルもやってるくらいルックスがよくて、YouTubeに自分の映像を公開して、それに対して3万人くらいファンがいるんです。そこでは、そこではすごく明るく振舞ってるんですが、送られてきた音楽が、日本語で歌ってるとっても暗い曲で(笑)。その映像と音楽のギャップが面白かったんですね。メジャーのレコード会社からもいくつかお誘いがあったみたいなんですが、アイドル的な路線を提案されたのが嫌だったらしく、僕らのような札幌の小さなレーベルでやりたいって言ってくれて。それで実際に会ってみたら、とても面白い子たちだったんです。
─ カメレオン・レーベルの所属アーティストやc cedilleのように、田中さんが「このアーティストと一緒にやってみたい」と思うかどうかの、ご自身の中での基準はどこにあるのですか?
T:僕の場合、まずジャンルにはこだわってません。それよりも、僕がその時にやりたいと思った音楽を一緒に作れるアーティストかどうか、ですね。僕は、頭の中にいろんな音をインプットしておいて、それをどうアウトプットして作品化するかということをいつも考えていて、そのアウトプットのポイントが見えたアーティスト、ということでしょうか。
─ 「その時やりたい音楽」ということは、そのアウトプットのポイントが、常に変わっていくということですか?
T:最近、人に言われて気付いたんですが、僕って飽き性なんですよ。だから、バンドをプロデュースする時も、「一緒にやりたいのは、たぶんアルバム3枚まで。僕は、一生一緒にやりたいとは思わないから、それまでに全部自分たちで自分たちの音楽を作れるようになって欲しい」ということを、いつも話しているんです。僕がアーティストの色を1つ作ったら、プロデューサーとしては、その色を守ることが仕事になるわけです。でも、今言ったように僕は飽き性だから、おそらく3枚作った頃には、もう他のことをやりたくなってるはずなんです(笑)。面白い音を見つけたら、すぐに気持ちがそっちに行っちゃうんですよね。
─ でも言い換えれば、プロデューサーと言えども、常にアーティストと同じ目線で作品を作り続けているということですよね。
T:いや、ただ自分が遊びたいだけなんですよ(笑)。でも遊んで作った物に対しても責任がありますから、他の業務やプロモーションもやらざるを得なくなるわけです。本当は、スタジオの中でずっと遊んでいたい(笑)。その遊びが一番できたバンドが、sleepy.abなんです。ギターの憲介は、ギターというツールを使って面白い音をどんどん出してくるんです。このバンドは、打ち込み的な要素がメインになっちゃいけないバンドなので、一歩引いたところで鍵盤や打ち込みを使うっていう実験を、彼とずっと続けました。それは、すごく面白い経験でしたね。ただ、僕はヒップホップとかも大好きなので、クラブ的な要素を無理矢理入れようとして、ボーカルの成山(剛)に、すごく嫌がられたこともありましたけど(笑)。

▲写真3:スタジオとは別の部屋に設置されているボーカル・ブース。仮歌はもちろん、本番の歌録りもこのブースで行っている。

▲写真4:田中氏のプライベート・スタジオ。デモ制作からレコーディング、ミックスとすべての作業が行える環境が整っている。




