いつか「北海道の音」を出したいと思うし、
それができたら、音楽はもっと面白くなると思う
─ 北海道で音楽を生み出していくという点に関して、昔と今で、何か意識の変化はありますか?
T:レーベルを立ち上げた当初は、純粋に北海道が好きで、北海道のバンドを探そうという気持ちだったんですが、sleepy.abやオフィス・キューの作品がインターネットで広がっていったことで、今では全国から「一緒に作りたい」という話をいただくようになりました。それと同時に、以前はバンドにこだわってましたが、個人をベースとしたコラボレーション的な作品作りも行うようになったんです。最近では、東京のギタリストに「これやって」ってメールして、翌日にデータが届くなんていうこともできますし。そういう意味では、一緒にやるメンツはどんどん増えてますね。この7~8月も東京のアーティストがわざわざレコーディングに来てくれますし、来れない方とはネット経由でやり取りしてます。そう考えると、今はもう地域は関係なくなってきたわけです。だからこそ、音楽を作る場所が北海道だということが、これからは面白くなってくるんじゃないかって思ってます。sleepy.abだって、大泉洋さんだって、たっぷりと北海道の空気吸い込んだ結果、あのような個性が生まれたわけで、その北海道の個性が今度はどんどん、他の地域の方に利用してもらえるようになるといいなって思っています。

─ 土地の個性を音に活かしつつ、制作面では地域性に限定されないという発想は、とてもユニークですね。
T:地方の人間のコンプレックスかもしれないけど、以前は「まず東京に出ていかなきゃ」って思いがあったんです。昔は実際にそうで、それで僕も一旦東京に出たわけですけど、でも今は、むしろその逆なんじゃないかと感じています。たとえばアメリカでもイギリスでも、ニューヨークやロンドンといった大都市だけでなく、たくさんの小さな町に有名なアーティストがいて、みんなで混じり合いながら音楽を作ってるわけですよ。シカゴの音が好きなニューヨークの人は、シカゴに行って、シカゴの音を作るわけです。つまり、そこにはサウンドの核となる人間が住んでいて「シカゴの音」を生み出しているんです。だから僕も、いつか「北海道の音」を出したいと思うし、それができたら、音楽はもっと面白くなると思ってます。
─ 田中さんは、バンドマンからクラシック系まで数多くのアーティストに接していると思いますが、今から音楽や楽器を始めようという人に、最後にメッセージをお願いします。
T:僕はかつて、音楽教室の講師をしていたこともありますが、音楽教室って、普通は決められたことを教えて、その通りに弾ければ「よく出来ました」ってことになるじゃないですか。それを励みに頑張れる子供はそれで十分だと思うんですが、そこからはみ出ることに喜びを感じる子供たちにも、「それでいいんだよ」ということを伝えたいですね。人とズレた発想が、すごく音楽的な作品を生み出す可能性もあるじゃないですか。僕自身、20代の頃は現代音楽やフリー・ジャズなど、一般的なものからはちょっと外れた音楽ばかりに興味を持っていて、その要素をポップスに取り入れたいと思ってたんです。それで、メジャーのアイドル曲の仕事でも、平気でそういうデモを作ったりしてました。でも、普通は絶対に「ノー」なわけですよ(笑)。そこから「こういう風に作ってください」って言われるわけですが、そこで世界観を狭められていくことが、すごく嫌だった。そうやって「ノー」と言われ続けてた時に、僕の師匠と言うべき山里剛さんというプロデューサー(当時、チャゲ&飛鳥や長渕剛などを手掛けていた)だけが「面白いからやるべきだ」と言ってくれたんです。それで、「何だ、やっていいんだ」って初めて気付かされたんです。それが、今の僕につながっています。

─ 自分の世界を限定せずに、一度振り切ってみるということも必要なんですね。
T:だから今でも、僕が作る最初のデモは、結構アーティストさんから苦情が来ます(笑)。でも、そこから説明をしながら着地点を探っていくというやり方が、今は一番いいんじゃないかなって思ってるんです。そうでないと、作品がすごく狭い範囲のものに収まってしまうし、僕が札幌で、このスタジオで制作をしている意味がなくなってしまいますから。わざわざ、海を超えて、遠くから制作を依頼していただくわけですから、まずは好きなことを全部やっちゃう。まあ、たまには距離が遠いのをいいことに、「そのまま勝手にCDにしちゃおうか」という気持ちも、少しは持ってますけれどね(笑)。





