僕らは、"BGM"のように聴き流されない、
説得力のあるインストゥルメント曲を作っている(三柴)
─ 三柴さんにシンセを教えたのも佐々木さんということでしたが、佐々木さんご自身は、シンセはどういった形で始められたのですか?
S:僕が高校生の頃に、シンセという楽器がポピュラーなものになってきて、それぞれのメーカーから特徴的なモデルが出始めた時期だったんです。僕は、もともと機械が好きだったこともあって、それでシンセに興味を持ったんです。いろんなメーカーの物を弾いてみましたが、個人的にはストリングスはローランドの音が一番好きでした。まだ当時はアナログの時代で、JUNO-6などは、かなり気に入ってましたね。
M:それで僕がシンセを買いたいという時にも、やはり佐々木さんにいろいろと教えてもらって、JUNO-106を薦められたんです。
S:ちょうどJUNO-106が発売された頃で、一番主流なシンセだったんですよ。もちろん、操作面でも予算面でも、これがいいんじゃないかということで。

─ JUNO-106が、三柴さんのファースト・シンセだったんですね。
M:そうなんです。でも、自分で音作りができなかったんですよ。それに、ロックやポップスの構成......つまり、Aメロ、Bメロがあって、サビが来て、そしてソロが入るといったようなことすら分からずに作曲をしていたので、佐々木さんにバンドのアレンジからシンセの音作りまで、全部やってもらっていたんです。「ここで、この音色でこういうシンセ・フレーズを入れろ」って、言われたままに弾いてました(笑)。それは、映画音楽を作っている時も同じで、「このイメージで、この音色で5分間弾いとけ!」って。
S:そんな言い方はしてないよ(笑)。
M:それで、僕が間違えると飛んできて「もう1回だ」って(笑)。当時はそういうレコーディングをやってましたね。その頃は、シンセの音作りにとにかく時間がかかりましたから、佐々木さんが半日くらいかけて音を作って、「こんな音色でどう?」という感じでした。今のFantom-Gのように、ポンと音色を呼び出せて、それを簡単に作り替えるなんてことはできませんでしたからね。
─ Claraさんも、やはり鍵盤楽器は小さい頃から弾いていたのですか?
C:ええ。私も4歳からピアノを弾いてました。それで、学生時代に三柴さんと知り合いまして、一緒に小作品を作ったり、三柴さんの作ったピアノ曲を弾かせてもらうようになったんです。そういった経緯がありまして、三柴さんを訪ねていくと、最初に話が出たように、彼は佐々木さんのご自宅に居候していたものですから、私も佐々木さんと知り合いになりまして(笑)。
M:だから僕もClaraも、18歳の時には、もう佐々木さんに出会ってるんですよ。

─ 引き寄せられるように3人が集まったんですね。そうして活動をスタートさせた「THE 金鶴」の結成25周年記念アルバムが先日リリースされましたが、このアルバムはどのようなイメージで制作されたのですか?
M:アニメーションなども含めて、今の日本映画をいろいろ見ていると、音楽が一番重きを置かれていないと常々感じていたんです。映画を見て「この音楽は誰が作ったんだろう?」と思った時に、ホーム・ページを見ても、監督や脚本家、演出家っていう人達の名前はすぐに出てくるんですが、音楽を作った人の名前って、なかなか見つけられないじゃないですか。しかも、"映画のサウンド・トラック"というと、どうもDVDのオマケ的な扱いだったり、映画を見た人しか買わないという傾向が強くて。「THE 金鶴」は、基本的にインストゥルメンタル曲を作っていますが、例えば映画音楽を作る際に、監督さんから「こういう風な音楽で」と頼まれて、「じゃあこんな感じでいいだろう」と簡単に作ったようなBGMではなく、音楽だけを聴いても十分な説得力を持つ楽曲となるように作曲しているんです。もちろん、原作を読みながら聴いてもらってもマッチするような音楽に仕上げています。"インストゥルメンタル"って"BGM"と同意義語のように表現されたりしますが、僕らが作っているインストゥルメンタル作品は、BGMのように聴き流されるような音楽ではないんです。「THE 金鶴」として活動を始めてちょうど四半世紀が経って、そういった想いを込めた楽曲が膨大にたまってきたので、ここで一本筋の通ったアルバム、単なる"映画のサウンド・トラック"ではなく、音楽作品として広く聴いてもらえるアルバムを、どうしても作りたいと考えたんです。





