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Vol.31:Brian Culbertson

ファンク界のそうそうたる面々をゲストに迎えた壮大なアルバム・プロジェクト『ブリンギング・バック・ザ・ファンク』を実現させた、作・編曲家兼マルチ・インストゥルメンタリストのブライアン・カルバートソン。そのアルバムをひっさげて、ラリー・グラハムをはじめとする豪華ゲストとともに来日を果たした彼に、彼の音楽観と、愛用のローランド・キーボードについて話を聞いた。

オリジナリティを出しながら、子供の頃から
大好きだったファンクの伝統に捧げた最新アルバム

─ 現時点での最近作は、ファンクの伝統に敬意を表した『ブリンギング・バック・ザ・ファンク』ですね。こうしたコンセプトのアルバムは今までにも数多く作られていますが、スライ&ファミリー・ストーンやPファンクなどといった定番の先達ばかりでなく、タワー・オブ・パワー(以下、TOP)も含めたというところがユニークですね。

ブライアン・カルバートソン(以下、B):うん。ボクは定番のファンクばかりでなく、アース、ウィンド&ファイアー(以下、EW&F)やシカゴといった、ファンクとは違ったタイプのホーン・セクションが入っているバンドの音楽も聴いて育ったんだ。ほかにも、TOPやブラッド、スウェット&ティアーズ、ドゥービー・ブラザーズも聴いていたから、より幅広い要素が混ざった『ブリンギング~』のようなアルバムを作るというのは、ボクにとってはごく自然な成り行きだった。赤ん坊の頃からそういったいろいろな種類の音楽に接してきたのは、今回トランペッターとして一緒に来日している父親の影響が大きいんだけれどね。

─ 1973年生まれのあなたが、今名前の出たアーティストをリアルタイムで聴いていたというのは少々不思議な気がしましたが、このアルバムのカバーにもなっている、ヘッドホンで音楽を聴いている赤ん坊の頃のあなたの写真を見て納得しました(笑)。

B:ボクが2歳の時の写真だからね。その頃から、父親がボクの頭にヘッドホンをかぶせて、音楽を聴かせてくれていたんだ(笑)。当時はもちろん、それがどういう音楽なのかは分かっていなかったけれど、大好きだったことは間違いないし、それが今のボクの音楽を形作るもとになったわけさ。このアルバムを作ることになったきっかけは、ボクが2007年4月にラスべガスでプリンスのステージに飛び入りしたこと。その時にラリー・グラハムもいて、ボクは同じ日にプリンスとラリーと出会い、プリンスのバンドと共演したんだ。彼らと一緒にアルバムを作りたいと思ったのは、その夜のことだった。ボクにとっては10枚目のリーダー作になるから、その節目に相応しい作品になると思った。

─ ラリー・グラハムやブーツィー・コリンズからミュージック・ソウルチャイルドまで、幅広い世代にわたる豪華なメンバーがよく集まりましたね。

B:そもそもプロデューサーがモーリス・ホワイトだしね。レコーディングは2007年11月に行なったんだけど、モーリスとはその2、3年前に知り合っていた。『カム・オン・アップ』(2003年)でカバーしたEW&Fの「太陽の戦士」を聴いた彼が、ボクに電話をくれたのがきっかけでね。アルバム作りに何らかの形で関わってくれるかどうか打診してみたら、「一緒にアルバムをプロデュースしよう」って言ってくれたんだ。それで、レコーディングから各パートのオーバーダブ、ミックスまで、文字通り3ヶ月間ぶっ通しで彼と一緒にスタジオ作業をした。忙しいミュージシャンのスケジュールを合わせる作業も、メールのやり取りからホテルや飛行機の手配まで、全部ボクがやったよ。

─ それだけでも大変な作業でしょうね。

B:うん。でも、その甲斐あって、レコーディング当日には、スタジオに来たミュージシャンたちが、モーリス・ホワイトが現場にいるということもあって、みんな張り切ってくれた。今は打ち込みで作ったトラックを聴きながら、ミュージシャンが個別にパートを重ねて、データをメールでやり取りして......という方法でレコーディングするのが当たり前になっているけれど、このアルバムはスタジオの同じ部屋で一緒に演奏するという、昔ながらの方法でレコーディングしたから、ミュージシャンたちにとっても久しぶりにワクワクするような経験になったと思うよ。

─ おかげで楽曲ばかりでなく、雰囲気まで当時のものが再現できたわけですね。ところで、あなたが最初に学んだ楽器は何でしたか。

B:7歳の時にピアノを習ったのが最初だよ。で、翌年にはドラムスを習い始めて、10歳の時には学校のバンドでトロンボーンを吹いていた。その後ベースも弾くようになって、コンピューターを使い始めた頃からローランドのキーボードを弾くようになったというわけ。そして12歳の時、友達の父親がカセットの4トラック・レコーダーやドラム・マシン、キーボード、コンピューターなんかをそろえているのを見て、初めてテクノロジーというものに触れたんだ。自分がやりたいのは、これだと思ったよ。それで、ボクは新聞配達でお金を貯めて、コンピューターを買ったんだ。

─ すでに子供の頃から、あなたはさまざまな楽器から作曲ツールまで、音楽のためのあらゆる素養を身に付けていたわけですね。

B:うん。最初は、ミュージシャンの父親から音楽の基礎的な理論を習ったり、レコードに合わせて楽器を練習するように言われたりしたけれど、その後は自分でどんどん勉強したよ。高校ではクリフ・コンラットという先生に作曲とアレンジを習って、デ・ポール大学では音楽を専攻したんだ。

─ バスケットボールでも有名な大学ですよね。

B:そう。ボクもバスケットボールの応援バンドでトロンボーンを吹いていたんだ。でも、2年生の時に最初のレコード契約を結んで、レコーディングやその後のツアーで忙しくなったから、大学は中退しなきゃならなかった。もともと音楽をやるために入ったわけだから、悔いはないけれどね。おかげで今のボクがあるわけだし。

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Profile

Brian Culbertson(ブライアン・カルバートソン)

米国イリノイ州生まれ。トランペット奏者で実父=ジム・カルバートソンの指導のもと、8歳でピアノと聴音を始める。幼少の頃から70年代R&Bサウンドを聴きあさり、幅広いジャンルへの音楽的趣向はやがて彼のマルチ・プレーヤーとしての素養を培うことになる。高校時代にMIDIとシンセサイザーに魅了され、サウンド・クリエーターとしてのキャリアを大きくバックアップする。大学在学中の1994年、アルバム『ロング・ナイト・アウト』でデビューして以来、3枚のアルバムをリリース。その後活動の拠点をGRPレーベルに移し、移籍後第二弾となる『ブリンギング・バック・ザ・ファンク』をリリース。リリカルで流麗なプレイにファンクの要素がふんだんに盛り込まれた、ダンサブルな作品となっている。

オフィシャル・サイト:
http://www.universal-
music.co.jp/jazz/artist/
brian_culbertson/index.html

http://www.brianculbertson.com/ (英語)

Information

■CD
『ブリンギング・バック・ザ・ファンク』

UCCV-1120
¥2,500

『ライブ・フロム・ジ・インサイド』

UCCV-1126
¥2,500