「POLYSICS」というバンドをもう1度
見つめ直して『Absolute POLYSICS』を制作した

─ デビュー当時と今とでは、POLYSICSを取り巻く環境、つまり「聴かれ方」も大きく変わってきたように思いますが、その点に関しては、どのようにとらえていますか?
H:そうだなぁ。......ヤノが加入する前までは、「POLYSICSが好きな人にだけに伝わればいい」と思って、ライブをやってたんです。デビュー当時は、いろんな対バン・イベントにも出たんですが、実際にパンク・ファンの前でやっても、イマイチ伝わらない雰囲気があって。伝わらないんだったら、やっても仕方ないなって思って、一時期はワンマン・ライブばかりやって。ところが、ヤノが入ってライブをやっていくうちに、今度はいろんなバンドからイベントに誘われるようになって。「ゲスト出ませんか?」とか。その時は、ライブをたくさんやってバンドを固めたい時期だったから、とにかくイベントに出まくったんですよ。ちょっと前じゃ、絶対に一緒にやらなかったような人達とも対バンしたりしていくうちに、バンド仲間もどんどん増えていったし、何よりも、お客さんの「POLYSICSって、こういうバンドだったんだ。面白いじゃん」っていう反応を感じることができて。その感触が掴めたことで、自分達の意識が大きく変わりました。すると、ロック・フェスに出ても、興味を持ってくれるお客さんが以前よりも増えたんです。ロック・フェスのような場所で、ボクらのことを面白いと思ってくれた人って、テクノとかニューウェーブとかって全然知らない人たちなんですが、逆にその方がいいと思ってたんですね。
─ なるほど。音楽性を曲げることなく、音楽に対する自分たちの意識を変えたことで、周囲を変えていったわけですね。
H:そう、"意識"の変化ですね。元々、より多くの人に伝わればいいなという想いはあったんだけど、それを4人がひとつになってきちんと意識できるようになって......というか、やっぱり自分かな? 自分が意識を変えられたことが大きかったんだろうね。
K:海外でライブをするようになったことも大きかったんじゃない? 海外では、もちろん言葉も通じませんし、POLYSICSは無名の新人バンドじゃないですか。そういう状況の中で、どうやって自分たちの良さを伝えるかということを、海外でたくさんライブをやるようになって、ハヤシくんがすごく考えるようになったような気がします。
H:そうだね。

K:それまでは、お客さんとステージの間に壁があったけど、海外でライブをするようになってから、その壁がなくなったような気がしています。
H:そうやって、10年かけて「ロック・バンドPOLYSICS」というものを作ってきて、それを1つの形にできたのが『We ate the machine』だったんです。ここで、やっと土台ができた。じゃあ次にやるべきことは何だろうと考えた時に、「POLYSICS」というバンドをもう1度見つめ直してみようと強く意識しながら『Absolute POLYSICS』の制作に取りかかったわけなんです。
─ まさに"究極のPOLYSICS"、ですね。
H:そういうことをとことん考えて、作品化できたということは、自分としても、とてもよかったと思っています。
─ サウンド面に関しても、『KARATE HOUSE』以降で大きな変化が表れてくるんですよね。ハヤシさんのギター・プレイもアーミングが取り入れられたりして。その中で、特にピアノやオルガンといったスタンダードな音色を使い始めたことは驚きでした。まさかPOLYSICSの音楽で、PCM音源のサウンドが使われるとは。個人的に、かなりの衝撃度でした。
K:(笑)。ちょうど『KARATE HOUSE』を作ってる頃に、ハヤシくんがそういった音色が欲しいって言い出して。
H:そうなんです。ボクらには、テクノ・ポップだとかニューウェーブっていう音楽的ルーツはありますけど、それ以上に「ジャンルに縛られない面白い音楽を作りたい」っていう気持ちが強いんです。シンセ・サウンドにしても、奇抜な音でクレイジーさを表現するだけじゃなくて、曲自体が面白ければ、ピアノだとかオルガンだとか、いわゆるオーソドックスな音色でも、十分にクレイジーさは伝えられるんじゃないかと思い始めて。逆にその方が、もっと強いインパクトを与えられるし、ボクらのやってることが、より面白く聴き手に伝わるんじゃないかと考え始めた時期でしたね。







