中学生時代はバイト代で毎月1個
コンパクト・エフェクターを買っていた

─ 小沼さんは14歳からギターを始めたということですが、最初にギターを手にしたのはどのようなきっかけからだったのですか?
小沼(以下、O):父親が趣味でギターを弾いていたので、自宅にアコースティック・ギターがたくさんあったんです。それで、小学生の頃からギターを触って遊んでいて、中学に入って、本格的にロック・バンドを始めました。
─ 今では、小沼さんとロック・バンドのイメージはあまり結びつきませんが(笑)。
O:そうかもしれませんね(笑)。入口はBOOWYだったんです。BUCK-TICKもコピーしてました。そこからだんだんマニアックな方にハマっていって、ジミ・ヘンドリックス、ヴァン・ヘイレン、イングヴェイ・マルムスティーンとか、そういう流れでした。その頃はハード・ロックがブームで、ラウドネスなんかも好きでしたよ。
─ では、そういった好きなバンドの曲をコピーをしながら、独学でギターを覚えていったのですか?
O:独学です。でも当時、僕の家庭教師の先生がすごくギターのうまい人で、勉強が終わるとギターについていろいろと教えてもらってたんです。エフェクターを教えてくれたのも、その先生です。それで、ボスのオーバードライブとディストーション、コンプレッサー、フランジャー、ディレイの1セットを貸してくれて、いろいろと音作りを楽しんでました。
─ はじめてエフェクターに触れた時の印象は、どうでしたか?
O:「スゴイ!」って感動しましたよ。これであんな音が作れるのかって思いました。そこから、いろんなアーティストの音をいかに真似ていくかっていうことで、自分の中でもかなり盛り上がりましたね。
─ ご自身で最初に買ったエフェクターは覚えてますか?
O:ボスのオーバードライブです。まだツマミが2つの初期タイプだったと思います。その次が、コンプレッション・サスティナーかな。買ったのは中学2年生の時だったんですが、その頃は毎月、新聞配達のバイトをしていたんですよ。そのお給料が月2万円で。そうすると、1ヶ月のバイト代で1個コンパクト・エフェクターが買えるわけですよ。ですから、1ヶ月に1個ずつ揃えていきました。今考えると「1ヶ月で2万円って安いバイトだな」って思いますけど(笑)、当時はエフェクターを増やせることが嬉しくて、頑張ってバイトに行ってましたね。何だか分からないですけど、ボスのコンパクト・エフェクターって集めたくなるんですよね(笑)。
─ 色もカラフルですしね(笑)。
O:そうですよね。それに、知らないエフェクターがあると、「これは何だろう? どんな変化が加えられるんだろう?」って興味もわきましたし。そうこうしていくうちに、歪みも2種類を使って、まずオーバードライブでブースター的にゲインを上げて、それでディストーションで歪ませる......という使い方を覚えていって。ボスのコンパクト・エフェクターは、今でも本当に愛用していますからね。特にブルース・ドライバー(BD-2)は、古くから使ってますよ。今はそれほど激しい歪みは必要としていないので、ブースターもいろいろと試しましたけど、これが一番気に入っているんです。
─ そういったハード・ロックからジャズを始めたきっかけは?
O:音楽の専門学校に入って、そこでジャズに出会ったんです。そうしたら、ハマってしまって。最初のきっかけは、ジョージ・ベンソンのプレイを聴いたことでした。クリーン・トーンでアドリブをバシバシと弾いていて、これは何てカッコいいんだろうと思いましてね。本当に、1から100まで自由で、自分はこういう音楽をずっとやりたかったんだって思えたんです。そのタイミングで、実は一度、エフェクターをすべてやめてしまったんですよ。その時は、まだジャズもそんなに知らなくて「ジャズはクリーン・トーンだ」っていうイメージしかなくて。当時は、古いスタイルのジャズばかりやってましたから、「これからジャズをやるんだから、エフェクターは使わない」って思って、一度手放したんです。それでも、次第にいろんな音楽を知っていくと、やはり自分のルーツ的な音楽だったり、ロック的なサウンドもいいなと思うようになってきて。それから、再びエフェクターを買い始めたんです。








