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Vol.45:高田漣

スティール・ギターの名手として、アコースティックなセッションからpupaやYMOといった最先端のステージまで、実に幅広いシチュエーションで個性的なプレイを聴かせてくれるマルチ弦楽器奏者、高田漣。その希有な才能が開花した背景を紐解きながら、最新ギター・シンセGR-55を通して、彼が考える「音色の魅力」を探ってみよう。

ブライアン・イーノの『アポロ』のスティール・ギターを聴いた時に「これがやりたかったんだ!」って思った

─ 高田さんは、小さい頃から自然と音楽に親しまれていたと思いますが、楽器を始めたのはいつごろですか?

高田:最近、昔の写真を整理する機会があって、それを見ると、記憶があるかないかくらいの子供の頃でも、僕はだいたい楽器を手にして写真に納まっているんですよ。それくらい、自分の身近には楽器があったので、ギターやアコースティック楽器は、オモチャのように接していました。そこから中学2~3年生の頃になると、「ベストヒットUSA」だったり、同世代の方と同じような形で音楽を聴くようになりました。ちょうどその頃、エイドリアン・ブリューがギターで象や鳥の鳴き声を真似して鳴らすというテレビCMを見たんです。これが衝撃的で、そこからは一気にエレキ・ギターにのめり込むようになりましたね。小さい頃から、アコースティック音楽はずっと耳にしていましたから、自分の意志で聴き始めた音楽というと、YMOであったり、トーキング・ヘッズ、それにレス・ポールさんの音楽といったところからですね。

─ では、シンセサイザーなどの電子楽器にも興味はお持ちだったのですか?

高田:すごく興味を持ってました。むしろ当時は、シンセの方が弾きたかったんですよ。たまたまギターが身近にあったから、ギターを弾き始めたというだけで(笑)。ところが、高校時代に「カルトQ」っていう、すごくマニアックなクイズ番組があって、YMO特集があったんですよ。まりん(砂原良徳)さんが出場していて。

─ それで、まりんさんが優勝されたんですよね(笑)。

高田:そうです! それを見た時に「スゴイ!」って驚いて、僕はシンセの道をあきらめたんです(一同爆笑)。

─ 本当ですか!?

高田:「こんなスゴイ人がいるなら、シンセはスゴイ人に任せた方がいい」って思ったんです(笑)。これは、高野(寛)さんがよくおっしゃってることなんですが、高野さんは、シンセの価格が下がる直前の世代なんですね。まだシンセが高価だったから、ギターを手にして宅録を始めた。でも僕は、手頃な価格のシンセがたくさんあって、逆にそこでギターかシンセか迷っていた世代なんです。そういう意味では、シンセをあきらめることでギターを弾き始めたわけですが、音色的にシンセへの興味は持ち続けていたので、ギターを弾きながらも、古いギター・シンセを探したりしていたんですよ。

─ GR-300ですか?

高田:そうです。エイドリアン・ブリューが『夢のしっぽ』で使っているのを知って、GR-300が本当に欲しくて。民族音楽的な音色がすごく好きだったんです。これはキーボード・シンセでは出せない、ギターならではの表現だったので、このアルバムを聴いた時は「ギターをやっていてよかった」と思いましたね。

─ 高田さんと言えば、スティール・ギターをはじめとして、トラディショナルな楽器を正統的なスタイルでプレイされる一方で、pupaやYMOのサポートでは、同じ楽器を使いながらもエレクトリックなサウンドを奏でたりと、実に多彩なアプローチでプレイされていますよね。それはやはり、「音色」を中心に考えているからなのですか?

高田:そうですね。そもそも、スティール・ギターでさえも、最初はシンセ的な感覚で始めたんです。ですから僕は、これが何の楽器であるかとか、発音形態がどうだということは、実はあまり気にしていないんです。一番の興味は「音色」です。今でこそ、新しい楽器を始める時は、正統的な奏法を学ぶようにはしているんですが、例えばバンジョーにE.BOWを使うこともありますし、楽器や機材の組み合わせ方や編成にはこだわりません。むしろ違和感がある方が面白い場合も多いですからね。ただ、そこは現場で何を求められるか次第です。例えば、今年の初めに細野(晴臣)さんのソロ・アルバムのレコーディングに参加していたんですが、そこでは伝統的なサウンドと奏法が求められていたので、トリッキーな要素は必要ありませんでした。でも、pupaやYMO、あるいはフリー・ジャズの現場となると、楽器そのものはトラディショナルな物を使いつつも、正式な奏法は要求されていないわけで、遊び心のあるプレイを意識しますね。

▲写真1:エイドリアン・ブリューが1986年に発表したアルバム『夢のしっぽ』の裏ジャケット(高田さん私物)。ローランドのギター・シンセGR-300を駆使し1人で作り上げた実験的なアルバムで、JC-160に腰かけながらGR-300を演奏している写真が使われている。

─ なるほど。その高田さんの代名詞でもあるスティール・ギターは、どのようなきっかけで始められたのですか?

高田:一般的には珍しい楽器かもしれませんが、ウチの親父(故・高田渡)の界隈では、比較的接する機会が多くて、楽器の存在は何となく知っていたんです。子供の頃に、親父がウェスタン・スウィングやスパイク・ジョーンズを聴いていると、そこにスティール・ギターが入っていて、その音色は好きでしたね。でも、実際にスティール・ギターにのめり込むきっかけになったのは、ブライアン・イーノの『アポロ』という作品です。僕は大学で政治学を専攻していたんですが、文学部の開講授業で、バウハウスやジョン・ケージといった、今で言うサブカル的な内容を扱う授業があって、その中でブライアン・イーノのアンビエント作品についての講義があったんです。その授業の一環で『アポロ』を聴いたんですよ。当時、僕はブライアン・イーノにそれほど興味がなかったんですが、『アポロ』でダニエル・ラノワが弾くスティール・ギターを聴いた時に「これがやりたかったんだ!」って思ったんです。そこから、本格的にスティール・ギターを弾くようになりましたね。

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Profile

高田漣

1973年、日本を代表するフォーク・シンガー・高田渡の長男として生まれる。14歳からギターを始め、17歳で父親の旧友でもある西岡恭蔵のアルバムでセッション・デビューを果たす。その後、ソロ・アーティストとして5枚のアルバムをリリースする一方で、青柳拓次、伊藤ゴローとの共同プロジェクト、通称「御三家」シリーズや、SAKEROCKとASA-CHANGとのユニット「サケロックオールスターズ」等、幅広く活動中。2007年には高橋幸宏の呼びかけにより「pupa」を結成。2008年6月、ロンドンで開催された『メルトダウン・フェスティバル』にYellow Magic Orchestraのサポート・メンバーとして出演するなど、スティール・ギターをはじめとするマルチ弦楽器奏者として、数多くのレコーディングやライブで活躍している。

オフィシャル・サイト:
http://tone.jp/artists/takadaren/index.html

Information

■CD
pupa『dreaming pupa』

TOCT-26960
¥3,000

『Evening on this island』

VACM-1308
¥1,575

■LIVE
●ワンマン公演
『高田漣+中島ノブユキ』

4/15(金) 東京・青山CAY

●ゲスト出演等
『Jim O'Rourke presents "秘曲対訳"』

3/25(金) 渋谷・WWW

『風街漂流記~松本隆・言葉の海への航海~』

4/10(日) 東京・青山劇場

※詳細は、上記オフィシャル・サイトをご覧ください。