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Vol.58:TOSHI NAGAI

氷室京介、GLAYといった錚々たるロック・アーティストの楽曲を支え、時にパワフルに、そして時にドラマチックな彩りを加える日本を代表するドラマー、TOSHI NAGAI。数多くの若手ドラマーがリスペクトし、いくつもの名作を生み出してきた彼のドラミングの魅力を探る中で見えてきたのは、人生観にも通じる、TOSHI NAGAI流の音楽哲学。そこには、全ドラマー、そして音楽を志しているすべての人へのメッセージが込められている。

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僕は、すべてのリズムの“間”にハネがないと、それは死んだリズムになると思っている

─ NAGAIさんは、6歳からドラムを始められたそうですね。

NAGAI:正確には5歳くらいです。でも当時は、ドラムで遊んでいたという感覚でしたね。11歳年上の兄貴が、中学生か高校1年生くらいでブラス・バンドをやっていて、夏休みになると、学校のドラム・セットを自宅に持ち帰って、家で練習するんですよ。その様子を見て、子供ながらに「カッコいいな」と思ったのがきっかけです。それで小学校で鼓笛隊に入ってドラムを教わって、5年生くらいで、初めて真剣に「ドラムを教えてくれ」って兄貴に言ったんです。兄貴はジャズをやっていて「ドラムの基本はジャズだ」って言われて。でも、やっぱりロックをやりたいじゃないですか。だから、兄貴からジャズ・ドラムを習いつつ、友達とザ・ビートルズやベイ・シティ・ローラーズ、キッスといったロックをやっていました。

─ 小学生で、ロック・バンドを?

NAGAI:みんな、兄貴やおじさんのギターやベースを持ってきて、応接間のステレオでビートルズをかけながら、僕はソファを叩いたりしていたんです(笑)。でも6年生の時には、発表会みたいなもので、ちゃんと楽器を演奏しましたよ。それで中学校に入学して、僕もブラス・バンドに入ったんです。

─ では、最初に目指したドラマーは、お兄さんだったわけですね。

NAGAI:ドラマーと言えば、兄貴しか知りませんでしたから(笑)。幼稚園の時に、母親に連れられて市民会館でブラス・バンドの定期演奏会を見に行った時に、兄貴がドラム・ソロをやったんです。スポット・ライトを浴びて、みんなから声援を受けているのを見て「すごい!」と思って。その印象が強烈でしたね。姉はクラシック・ピアノを習っていて、僕にピアノを教えたがっていたみたいなんですが、僕は嫌で逃げてたんです(笑)。でも今にして思えば、ピアノを習っておけばよかったとは思うんですけど、ドラムだけは、自分から進んで練習してました。姉も兄貴も家でずっと楽器を演奏していましたから、ピアノのクラシック曲も聴けばだいたい分かりますし、4年ほど前からジャズ・セッションをやっているんですが、スタンダード・ジャズも、たとえ曲名が分からなくてもほとんどの曲を耳で覚えているので、曲が鳴り始めたらすぐセッションできるんですよ。これは兄貴のおかげですね。

─ その後は、だんだんとロックに進んでいくのですか?

NAGAI:キッスあたりから、ディープ・パープル、レッド・ツェッペリンと掘り下げていくんですけど、意外かもしれませんが、一番研究したドラマーは、スティーヴ・ガッドなんです。高校生の頃はフュージョンが流行っていたんですよ。だからどちらかと言うと、今でもロックのセッションで「ツェッペリンをやろう!」って言われるよりも、ジャズの方がすぐにセッションできるんです。高校時代も、友達とパンク・バンドをやりながら、同時に、おじさんたちとビッグ・バンドでカウント・ベイシーをやったり、先輩たちとカシオペアなどのフュージョンをやってました。

─ NAGAIさんのドラムというと、とてもラウドでパワーがあると同時に、繊細さや緻密さも持ち合わせていて、とてもユニークなプレイ・スタイルだと感じていたのですが、そういった多彩な音楽的な基盤があったのですね。

NAGAI:そうですね。僕のドラムはアメリカンではなく、イギリス、ブリティッシュ・ロックなんですよ。「ドン!パン!」と単純なリズムでも、その“間”にハネる感じやスウィング感をどこかで醸し出さないと、日本語の歌詞がうまく乗らないんですよ。ただし英語は別です。英語のアクセントって頭にあって、言葉もアクセントで作っていくから、2ビートや8ビートにバッチリ合うんですよ。でも日本語って、タイトなアクセントはなかなかなくて、歌詞も、奥深さや物事の裏側を表現するようなことが多いから、ハネる感じが絶対に必要で、氷室(京介)さんは、そのあたりをものすごく研究していると思います。YMOだって、スクエアなビートを追求する中で、沖縄音楽のノリを研究したりして、最終的にはコンピューターを使ったハネ方を生み出したわけですよね。日本人、アジア人のリズムって、どこかハネていて、僕は、すべてのリズムの“間”にハネがないと、それは死んだリズムになると思っています。特に日本語の歌詞だと、そこは重要ですね。

─ バラードなどのような曲の場合は、“間”をどのように意識すればいいのでしょうか?

NAGAI:バラードの場合は、リズムがまったくないところからの発想で作っていくのが一番いいと思うんです。例えば、ボーカルがバラードを歌っていて、ピアノが白玉(2分音符)で鳴っているとしますよね。そうすると、ボーカリストがリズムを作るじゃないですか。それに対して、歌のリズムを聴いて、ドラムがリズムをキープしようとすると、途端にダサくなるんですよ。でも、普通はキープしちゃいますよね。じゃあ、どうしたらいいかというと、バス・ドラムの「ドン」とスネアの「ダン」との“間”をなくすんです。ボーカリストがリズムをキープしているわけだから、それと同じ気持ちになって入って、一緒のグルーヴを作るんです。そうすると、めちゃくちゃ気持ちよくなるんですよ。グルーヴがないところから始めて、その楽曲とボーカリストが出そうとしているものに対して、バス・ドラムとスネアでアクセントを付けてあげるんです。でも、でも、「ドン」と「タン」の“間”で「ツクツクタン」とリズムをキープしない。自分のグルーヴを押しつけるのではなく、ボーカリストが一番「タン」と来て欲しいポイントを探って、スネアを置いていくんです。そうやって生まれたバラードのグルーヴは、すごく美しいものになりますよ。

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Profile

TOSHI NAGAI

1964年、宮崎県都城市出身。幼少の頃からドラムを始め、18歳で上京し、19歳でプロ・デビュー。ちわきまゆみ、CHAGE and ASKAなどさまざまなアーティストをサポートし、1989年から氷室京介のライブ・ツアーに参加する。そして1995年からはGLAYの楽曲制作、レコーディング、ライブ・ツアーをサポートし、メンバーから厚い信頼を得ている。これら多忙なスケジュールの合間を縫って、全国各地でドラム・クリニック/バンド・クリニックを積極的に開催し、若手ドラマーの指導にも力を入れる一方で、近年はジャズ・セッションも行うなど、多岐に渡って活動している。

オフィシャル・サイト:
http://www.toshi-nagai.net/

Information

DVD
TOSHI NAGAI参加作品

GLAY
『HAPPY SWING 15th Anniversary SPECIAL LIVE ~We Love Happy Swing~in MAKUHARI-Complete Edition』 

LSVB-0001/0002 ¥10,000
(GLAYオフィシャル・ストア限定発売)

東日本大震災復興支援チャリティライブ
『KYOSUKE HIMURO GIG at TOKYO DOME
“We Are Down But Never Give Up!!”』 

ALGN-0038 ¥7,800

KYOSUKE HIMURO
『COUNTDOWN LIVE 〜CROSSOVER05-06〜
1st STAGE/2nd STAGE』

TOBF-5640/5643 ¥9,500

LIVE
GLAY HIGHCOMMUNICATIONSTOUR 2011-2012
『RED MOON&SILVER SUN』
(4月以降の日程)

4/1(日) 福島・會津風雅堂
4/3(火) 岩手・盛岡市民文化ホール
4/19(木) 日本武道館
4/21(土) 日本武道館
4/22(日) 日本武道館

※詳細は、上記オフィシャル・サイトをご覧ください。

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