ミュージシャンにとって"楽器"とは
発想を変えるためにあるもの

─ もし松任谷さんが、作曲やアレンジの際にV-Pianoを使うと、どのような音楽が生まれてきそうに感じますか?
M:これはもう感覚的な話になってしまいますが、もし自分がV-Pianoでいろんなアイデアを練っていけば、「ポップな傾向に行くだろうな」と感じます。やっぱり具体的なサウンドというのは、発想や生まれてくるフレーズに大きく影響するんですよ。そういう意味で、アコースティック・ピアノを与えられて創作する場合とは、まったく違う方向に行くだろうなと思います。ほら、建築の材料として木材を与えられた場合と鉄骨を与えられた場合では、建てようとする物のイメージは変わるじゃないですか。そういうことです。
─ ユーミンさんのオフィシャル・サイトにある新作『そしてもう一度夢見るだろう』の松任谷さんによるアルバム解説で、「作曲用のピアノが変われば、できあがってくる音楽も変わる」といった内容の文章をお書きになっていますね。
M:やっぱり、その音によってフレーズが決まってくるんです。「音ありき」ですから。だからミュージシャンにとって、楽器の音ってものすごく重要なんです。ある楽器を与えられたら、その持ち味をできるかぎり活かそうとするのがミュージシャンですし、そこでイメージが変わっていかなければだめだと思うんですよ。例えばいろんな音を出せるシンセサイザーの場合、鍵盤楽器ということで、いつも同じフレーズを弾いているようじゃ、それはミュージシャンじゃないわけですよ。だからこそ、V-PianoにはV-Pianoの世界があると思うし、もしこれからも僕が弾き続けていけば、きっとよりV-Pianoらしい世界を、もっともっと追求したくなるんだろうと思いますね。ただ、V-Pianoからどんな音楽が生まれてくるのかは、実際に音を作って、レコーディングしてみないと分からないですね。肉をフライパンで焼いたら、その匂いを嗅いだ瞬間に「これはわさび醤油だよね」って思ったりするじゃないですか。それって、お肉を焼かないことには分からない。楽器も弾いた瞬間に「こう弾きたくなるよね」って思うわけです。わさび醤油と、一緒なんですよ(笑)。
─ とてもよく分かります。

M:今は、サンプリング音源のクオリティがすごく高くなっているじゃないですか。サンプリング音源のピアノをパッと聴いて「これは生音に近いな」って思っても、実際にアコースティック・ピアノに自分でマイクを立てて録音してみると、やっぱり全然違うんですよ。「生音に近い」と感じるのは印象だけであって、実際には、アコースティック・ピアノから録れる音とサンプリング・サウンドは、まったく別物なんです。アコースティック・ピアノを自分で録音した音の方が「歯切れが悪い」とも言えますし、当然ながらいろんなノイズを拾いますから、「甘い」とも言えます。
僕らが行っている実際のレコーディングでは、そこからある帯域をカットしたり抑えたり、――つまりイコライジングですね――、そういった処理を行うことによって、いらない要素を取り除きながら、自分の求めるサウンドを作っていくわけです。でもサンプリング音源は、その処理が最初から行われているわけじゃないですか。あらかじめEQもされてますし、聴きやすく整えられている。そこで浮かんでくるイメージは、やはり生音の場合と変わってくるわけです。アコースティック・ピアノだったらこう弾こう、サンプリング音源のピアノならこう弾こう、と。それと同じように、V-Pianoならこう弾こう、と思えるわけです。つまり、ミュージシャンにとって"楽器"というのは、発想を変えるためにあるものなんですよ。言い方を換えれば、ミュージシャンにとって、その楽器がどういう経緯で誕生したのかということは、まったく関係ないわけで、その楽器が、自分が絵を描く際のクレヨンや絵具になってくれるかどうかが、もっとも重要なんです。



